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[開催報告]「人と機械の適度な距離:ロボット・AI・人体改造」

人とロボット、人工知能の関係性はますます複雑になってきています。
そして同時に強烈な問いを突き付けます:すなわち人間とは、知性とは何なのか。人と機械は感情的な繋がりを持つことができるのか。機械は人間の機能を拡張するのか。そして研究者の責任やイノベーションの在り方は国によってどう違うのか。

2018年5月12日に開催されたイベントでは、フランスとロシア、そして日本の研究者が、人と機械の関係性に関する研究動向について紹介しました。

まず、開会の挨拶として東京大学の江間が、本イベントをInternational(国際的)、哲学から技術まで及ぶInterdisciplinary(学際的)、そして人と機械、技術と社会のInteraction(相互作用)という点から構成したと話しました。

最初の話題提供者であるソルボンヌ大学のローランス・ドヴィレー氏は「音声インタラクションにおける感情的社会的側面:技術的かつ倫理的な課題」と題して講演を行いました。機械学習や音声認識の研究者でもあるドヴィレー氏は、介護の現場などにおいて人間と機械の「感情的なやり取り」の重要性を指摘し、人間の感情を認識、解釈、シミュレートできるシステムの研究をしています。一方で、感情に関する研究には、人の行動を誘導したり操作したりしかねないという社会的かつ倫理的な課題が付きまといます。そのためドヴィレー氏は全米電子電気学会(IEEE)の標準化ワーキンググループ「ロボットや知的で自律的なシステムによる倫理的なナッジング」(IEEE-SA P7008WG)を主導し、許容される誘導とそうでなはない誘導の違いは何か、そのためにはシステムにどのような透明性や説明可能性を埋め込む必要があるかを議論しています。

続いて、筑波大学の大澤博隆氏が「感情労働の代替としてのヒューマンエージェントインタラクション」と題して講演を行いました。ヒューマンエージェントインタラクションとは人と人間のように受け取られる機械(エージェント)の関係性をデザインする研究分野です。例えばエージェントをユーザの間に介在させて、ユーザ間に嫉妬の気持ちを引き起こすことが出来ることを示した研究があります。このように技術の設計によって人間同士の関係性を誘導したりする研究もあれば、逆に人間の感情労働を技術によって軽減することができるのではないかとする研究も紹介されました。大澤氏は、人と人との「騙し合い」をする人狼ゲームをエージェントにさせる「人狼知能」研究も行っています。機械が人間社会に介在する環境において、機械が人を騙すことができるのか、人が機械を信じることができるのかの研究に対しては、社会的な規範について考えることが重要であるとも指摘されました。

次に、ペルミ国立工科大学のエレナ・セレドキナ氏が「日本とロシアにおける人工知能/ロボットのステイクホルダー調査:国際的/国内的な視点」と題してロシアで行った調査結果報告を行いました。日本でAIR研究グループが行った調査をベースに、運転や介護などのタスクに対し「どこまでなら機械に任せたいか」をロシアの技術者や人文社会科学の研究者、大学院生、SF作家など様々な集団に対して行ったところ、日露で大きな傾向の違いはなかったようです。しかし、「介護」に関して、日本のほうがロシアよりも機械化に好意的な率が高かったそうです。その理由として、ロシアの平均寿命が日本よりも低いこと、社会的にも介護ホームなどではなく家族が面倒を見るのを良しとする社会規範が根強いということがあるのではないかと紹介されました。また、ロシアはソ連時代から科学技術に対して積極的なテクノクラシーが人口の一定割合占めるものの、ロシア正教など保守的な考えを持つ人たちとの間で、最先端技術に対する考え方が二分されているという文化的な背景も重要であることが紹介されました。

最後に「身体保守主義とは何か」と題して、金沢医科大学の本田康二郎氏が「我々はなぜ人型のロボットを求めるのか」という根本的な問いを提示しました。人間の身体機能を模倣した人型ロボットを、逆に人間の身体器官の代替物として埋め込むことが現在行われています。このようにして人間進化を加速すると主張する「トランスヒューマニズム宣言」では、人間が身体を自由に改造することについて他者から干渉を受けない自由(「形態的自由」=Morphological Freedom)を有するべきであると謳っています。これに対し、行き過ぎた身体改造を制限する「身体保守主義」の立場を本田氏は提唱しました。その根拠の一つとして、身体改造は単に能力増強を意味するだけではなく、改造前後の人間では同じ「世界」を共有することができず世界が分断されてしまう懸念を提示しました。

閉会挨拶として東京大学の城山英明氏は、本イベントのタイトルである「人と機械の適度な距離」だけではなく、その前提としての「人と人との距離」について考えをめぐらすことの重要性を指摘しました。本イベントでは人と人との関係に機械がどのように介入していくのか、そのデザインの仕方には技術だけではなく、倫理的、社会的、文化的な要素が含まれていることが紹介されました。議論をより深めていくためには、国際的かつ学際的な議論が今後も重要となります。

(文責:江間有沙)